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ふわふわな気分 

旅行と文房具 @YOKOHAMA

エジプト旅行記(ルクソール東側編)

TRAVEL エジプト

カルナック神殿

大昔はルクソール神殿からカナック神殿まで繋がっていたということです。

カルナック神殿複合体は、荒廃した神殿、祠堂、塔門(パイロン、Pylon)およびその他の建造物の膨大な構成からなる、1平方キロメートル(100ヘクタール)以上におよぶ広大な古代宗教遺跡である。複合体は泥レンガの周壁に囲まれた3つの主要部分からなり、現在のところ、その中で最大のアメン大神殿が唯一、一般に公開されている。ここがほとんどの訪問者が見学する唯一の箇所であるので、カルナック神殿は、アメン大神殿のみにしばしば解される。他の2つの構成要素であるムト(ムゥト)の神域やモンチュ(モント、モントゥ、メントゥ)の神域は非公開となっている。ムトの神域は非常に古く、地と創造の神に捧げられたが、いまだ復元されていない。また、いくつかの小神殿や聖所が、アメン大神殿やムトの神域に付随してある。Wikipedia参照

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ルクソール神殿は入場口に綺麗な建物が建っていて神殿の説明などがされています。

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建物を抜けると神殿までは広いスペースがあります。

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どの神殿も圧巻ですが、各遺跡、神殿には様々なカオがあります。

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やはり圧巻です。

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多くの柱が残っています。

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石像が圧巻。(ラムセス2世)

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柱の高さはかなりのものがあります。

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カルナック神殿の周りはただただ広い。

 

ルクソール神殿

ルクソール神殿は、エジプトのルクソール(古代のテーベ)東岸にある古代エジプト時代の神殿複合体である。もともとカルナック神殿の中心を形成するアメン大神殿の付属神殿として、エジプト第18王朝(紀元前1550-1295年頃)ファラオのアメンホテプ3世(紀元前1390-1352年頃)によって中心部分が建立された。
神殿の後方には、アメンホテプ3世およびアレクサンドロス3世(紀元前332-323年)によって構築された祠堂がある。ローマ時代には、神殿およびその周辺は軍の要塞となり、その領域はローマ政府の基地であった。
アメン大神殿とはスフィンクスの参道で結ばれていた。神殿入口となる第1塔門の前には1対のラムセス2世(紀元前1279-1213年頃)の坐像、その手前にはオベリスク(高さ25メートル)が1本立っている。オベリスクは本来左右2本あったが、右側の1本(高さ22.55メートル)は1819年、フランスに贈られてパリに運ばれ、現在コンコルド広場にあるとのこと(Wikipedia調べ)

 

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1本しかない柱。

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横からの図。

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こちらもラムセス2世などの象が並んでいます。

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紀元前前の遺跡が目の前に広がるのは凄いですね。

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こちらは夫婦の石像。

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まだ色が残っている部分が多いです。

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圧巻の作り。

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部屋がまだ残っている箇所もあります。

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ルクソール神殿から一歩出た街の様子。

 

おわりに

中東諸国は政治不安などで観光客が多く減っており、折角の世界遺産だらけの歴史を味わいにくくなっているのはとても残念でなりません。今回の旅行においては2015年3月なのでエジプト革命後の観光地の様子をご紹介させて頂きました。

各観光地においては軍や警察が多く見張っております。他のホームページやブログなどを拝見させて頂きましたが、革命前の様子だけでしたのでブログに僭越ながらアップさせていただきました。

個人での旅行や街をふらつくといった行為はまだ避けた方がよさそうですが、ツアーでは多くの歴史に触れることができ、一部の観光地以外ではとてもやさしいエジプトの人たちとの触れ合いはなにものにもかえることのできない体験でした。

今後、中東諸国がより安全になり、エジプトが観光地として復活できることを願ってやみません。

 

huwahuwa.hatenadiary.com